午後十一時過ぎに帰宅してひと風呂浴びて一杯やっていると、パジャマ姿で妻がごそごそ動き出した。見るともなく見ているテレビの前でごそごそやるものだから、何事かと眺めていると白いカッターシャツにアイロンを当て出した。わたしには縁の無いシャツなので、娘の制服関係のものに違いない。
なにもテレビの前でやらなくても良いものをと思ったが、テレビはついているものの見ているわけではないので黙っていた。いつもは広縁か客間の八畳でアイロン掛けをするのに、今日に限ってリビングのテレビの前とは是如何に?と、ビール片手に考えた。
謎はすぐに解けた。エアコンが効いて暖かい場所が、このリビング以外に無いからに違いない。そういう事かと納得した途端、新たな疑問が湧き起こった。
何故妻は、こんな夜更けに娘のシャツにアイロン掛けを?
「なんで今頃アイロン掛け?」考えるよりは聞くが早し、馬鹿の考え休むに似たり、今度は考えもせずに尋ねてみた。
「明日センター試験でしょ、こんなことしかしてあげられないから」
妻はシャツから目を離さずに、一心な様子でアイロンを掛けながらそう答えた。